エゴイスト前夜
5階建ての病院の屋上にベンチがふたつ並んであって、その前に桜が植えてある。まだ若く、細い幹だが、花を満開にしている。
あの桜の枝を一本折って帰って、部屋の中に飾りたい。
毎日毎晩写真を撮って、散りゆく花びら一枚一枚を付箋にしたい。
右手に1度熱傷を負ったのだが、傷のありさまを隠すためのハンドウォーマー、これが意外と心地よくて、このまま一年間ハンドウォーマーをして暮らしたいとおもった。
友人が死んだのは、両方とも秋だった。
もしも春だったのなら、桜だの、ハンドウォーマーだの、と考えることはなかっただろう。
わたしたちに残された季節は、年を取るとともに減っていく。
ただの季節がなくなったとき、わたしたちはそれらの季節をなんと呼ぶのだろう。
塗り絵は輪郭から塗ったらきれいに塗れる、そう言った祖母も死んで十年を超えた。